2022/9/21 wed

   


    妻と取引をした、ことにより山へ行く時間を無事捻出することに成功した、ため、3:00起床し、しっかり二度寝し、3:30に再度起床し、日暮沢小屋へ向かった。5:10頃から登り始め、西朝日岳ピストンからの12:10頃下山からの13:40帰宅。
   駐車場に数人いたぐらいで、登りでは誰とも会わなかった。山頂に着く頃にはガスってしまった。ラーメンを煮ているとオコジョ。


   写真で山を撮るよりも、絵に描いた方が記憶に残り続けるのではないだろうか、とか考えた。

   描く過程で対象物とキャンバスを行ったり来たりする、その繰り返しが対象そのものの把持をより強固なものするんでないだろうか。見た、感じた、をどれくらい落とし込めるかは練度の問題であるので、工夫して上達する必要はある、が、成果物の一般的な完成度は重要でない気がする。個人的な満足が、他ならぬ当人の記憶に重要だと考えるからだ。

   液晶で見るならInstagramでもYAMAPでもTwitterでも自分が撮って保存した画像であっても、バリエーションに多少の差異はあろうが、本質的に変わりはないと思うようになっ、った、のか?時間が許す生活になれば筆を持って登山したい。

   夕方に小学校で長男に関して面談。妻と行き先生と3人で話す。

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